小玉喜久代の顔画像と妹殺害動機「病気貧乏から助けるには殺すしかなかった」羽村嘱託殺人

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9月20日、羽村市・小玉喜久代(こだまきくよ)容疑者(77歳・職業不詳)が殺人未遂の疑いで緊急逮捕されました。妹・後藤喜美子さん(74歳・職業不詳)の首を絞めて殺害した後に、警察に自ら通報し、「同居の妹を殺してしまった」と話したとのこと。

小玉きくよの事件の背景には貧困や病気から来る「死を選ぶしかない」状況に同情の声が多く上がっています。高齢の貧困という状況を変える術が無い人達が選んだあまりにも残酷な死の真相に迫ります。

小玉きくよ顔画像を各社報道の映像などからまとめました。また、児玉喜久代の犯行動機についても記載しています。

<2021年9月21日追記>
<2021年9月24日追記>

小玉喜久代の顔画像「あとは私が死ぬだけ」

報道の映像では、連行される小玉喜久代の様子が映し出されていますが、覇気はなく、また悪意なども感じられません。貧困や病気を苦にしていた妹を姉の思いやりで殺めたわけですから、人として間違った選択としても姉としては苦悩しながらも正しい選択を貫いたと思いたいのです。

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引用元:FNNプライムオンライン

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引用元:FNNプライムオンライン

無抵抗で護送車両に連行される小玉喜久代からは、ちからが抜け、「あとは自分だけ」という思いがあったのかもしれません。

小玉喜久代の犯行動機「貧乏も病気も死ねば治る」

<2021年9月21日追記><2021年9月24日追記>

小玉喜久代は、2021年4月に自身の息子を殺めています。妹の後藤喜美子さんは、糖尿病で苦しむ甥っ子が、病気と貧乏の苦しみから解放されるのを見て、自分も同じようにすべてから解放されたいと願ったのかも知れません。

74歳の女性には現実を変える気力が残っていなかったのでしょう。姉である小玉喜久代が、妹の苦しも取り除いてあげようという決意で絞首したのだと思われます。

警察官が駆けつけた当時の様子がこちら。

布団の上で横たわる妹・後藤喜美子さん

同署によると、小玉容疑者は「同居の妹を殺してしまった」と自ら110番。署員が駆け付けると、後藤さんが寝室の布団の上であおむけに横たわっていた。争った形跡はないという。

引用元:jiji.com

現場検証の結果、凶器と思われる電気コードが見つかったとのことです。77歳に人の首を直接絞めて殺すことは難しく、電気コードを使って体重をかけるようにして首を締め上げたのではないかと予測できます。

被害者の後藤喜美子さんは、司法解剖の結果、肋骨が7本折れていました。後にわかった小玉喜久代の犯行動機は「妹に、骨折して苦しいから殺してほしいと言われた」と供述しています。

骨折に苦しむ妹を助けた

今月中旬に妹が腰を骨折し、そのあとから妹が『生活がしにくくてつらい』と話していた。妹に頼まれて首を絞めた。(事件当日)妹から『苦しいから殺して』と言われ、電気コードで首を絞めた

引用元:FNNプライムオンライン

小玉喜久代は妹のニート息子も殺害「もう楽にしてくれ」

2021年4月、小玉喜久代の息子は自殺に失敗した後、母の小玉喜久代さんに手を下してもらえるよう依頼しました。小玉喜久代さんが首を絞めて後藤喜美子さんの息子は殺害されました。

三男は自殺失敗

三男の体には糖尿病の治療薬のインスリンを数本注射した痕があったといい、当時、調べに対して小玉容疑者は、三男が自らインスリンを過剰に投与して自殺を図った後、「これじゃ死ねないから首を絞めて殺してくれと頼まれた」などと説明していたという。

糖尿病も発症している無職の47歳男性を抱えながら、77歳の母が生活を送るというのは相当に厳しい経済事情であることを察します。治療にカネも時間も浪費していき、満足な生活が出来ないまま、何年も暮らし続けた末の回答が自殺だったのかもしれません。

その自殺すら満足に遂行できずに、母に頼って自害を遂げた無職の息子。どんな人柄だったとしても悲しすぎる結末です。「首を絞めて殺害した」とありますが、77歳の女性が首を絞めて殺害するというのは、相当ちからを込めるはずです。息子との思い出もあるだろうに、込み上げる感情を抑えながらも首を絞めるがちからを緩めることはできないと決意していたのでしょう。

当時の報道はこちら。

小玉喜久代が息子を殺害した2021年4月の報道

 同居する息子(47)の首を絞めて殺害しようとしたとして、警視庁は2日、殺人未遂の疑いで東京都あきる野市の無職小玉喜久代容疑者(77)を逮捕した。息子は搬送先で死亡が確認された。

引用元:共同通信

2ちゃんねる有名コピペ「アカンか。一緒やで」を彷彿とさせる

生活苦のため、どうにもお金を工面できない家族が涙ながらに心中するケースは跡を絶ちません。この小玉喜久代姉妹の殺害についても高齢の姉妹の苦肉の策だったのかもしれません。

今回の小玉喜久代姉妹の殺人事件は、かつて2ちゃんねるでニートたちを震えあがらせた「無職の息子が認知症の母を殺めた事件」のコピペを彷彿とさせる悲しい背景があります。ご存知でない人は一読の価値があります。

絶対泣くコピペ

2006年2月1日、京都市伏見区の桂川の遊歩道で、区内の無職の長男(事件当時54歳)が、認知症の母親(86歳)の首を絞めて殺害。
自身も死のうとしたが未遂に終わった「京都・伏見認知症母殺害心中未遂事件」をご存じだろうか。
一家は両親と息子の3人家族だった。1995年、父親が病死後、母親が認知症を発症。症状は徐々に進み、10年後には週の3〜4日は夜間に寝付かなくなり、徘徊して警察に保護されるようにもなった。
長男はどうにか続けていた仕事も休職して介護にあたり、収入が無くなったことから生活保護を申請したが、「休職」を理由に認められなかった。
母親の症状がさらに進み、止む無く退職。再度の生活保護の相談も失業保険を理由に受け入れられなかった。
母親の介護サービスの利用料や生活費も切り詰めたが、カードローンを利用してもアパートの家賃などが払えなくなった。
長男は母親との心中を考えるようになる。

そして2006年真冬のその日、手元のわずかな小銭を使ってコンビニでいつものパンとジュースを購入。
母親との最後の食事を済ませ、思い出のある場所を見せておこうと母親の車椅子を押しながら河原町界隈を歩く。やがて死に場所を探して河川敷へと向かった。
「もう生きられへんのやで。ここで終わりや」という息子の力ない声に、母親は「そうか、あかんのか」とつぶやく。
そして「一緒やで。お前と一緒や」と言うと、傍ですすり泣く息子にさらに続けて語った。
「こっちに来い。お前はわしの子や。わしがやったる」。
その言葉で心を決めた長男は、母親の首を絞めるなどで殺害。
自分も包丁で自らを切りつけて、さらに近くの木で首を吊ろうと、巻きつけたロープがほどけてしまったところで意識を失った。
それから約2時間後の午前8時ごろ、通行人が2人を発見し、長男だけが命を取り留めた。

京都地裁は2006年7月、長男に懲役2年6月、執行猶予3年(求刑は懲役3年)を言い渡した。
裁判では検察官が、長男が献身的な介護を続けながら、金銭的に追い詰められていった過程を述べた殺害時の2人のやりとりや、「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」
という供述も紹介すると、目を赤くした裁判官が言葉を詰まらせ、刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。
判決を言い渡した後、裁判官は「裁かれているのは被告だけではない。
介護制度や生活保護のあり方も問われている」と長男に同情した。
そして「お母さんのためにも、幸せに生きていくように努力してください」との言葉には、長男が「ありがとうございます」と応え、涙をぬぐった。

この事件の裁判では、法廷に参列したほぼ全ての人々が泣きながら被告の証言を聞いていたといいます。生活保護が認定されずに、カネに苦しみ生き抜いた母子の悲しすぎる結末は、今でもネットで語り草になっています。

小玉喜久代の自宅特定「質素な戸建て」

<2021年9月21日追記>

小玉喜久代の妹殺害の現場となった自宅を特定しました。妹の自宅である羽村市の住所は「東京都羽村市羽東1丁目17−3」でした。

妹の自宅の外観は報道の映像で確認できる画像がこちら。

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GoogleMAPで確認した後藤喜美子の殺害現場である自宅がこちら。

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地図上に赤丸で示した部分が殺害現場です。同じ住所に2件家がありましたが、青いマーキングをしてある方が後藤喜美子殺人事件の現場です。旧鎌倉街道と新奥多摩街道(都道29号)の交差する付近の自宅です。

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さらに近くに寄った地図がこちら。

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自宅付近に取材の車がたくさん来ていたことが地元住民の発信で確認できました。羽村市は都心からも離れていて、殺人事件も滅多に無いでしょうから地元住民たちはこの騒動の大きさに驚いているようです。

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小玉喜久代を知る近所の住民「夫が死んでから狂気じみた」

<2021年9月24日追記>

2021年に小玉喜久代の夫が亡くなっていることがわかりました。糖尿病を患う三男と夫の介護を70歳を超えた高齢者が負担できるとは到底思えません。

小玉喜久代・後藤喜美子を知る近所住民のコメント

妹の後藤喜美子さんを知る人:
人とあんまり話さないような(後藤さんは住んでいるのが)35年前からね。おとなしくて、ほとんどしゃべらない感じの…

小玉喜久代容疑者を知る人:
何かおかしな言動があるとか、あるいは振る舞いがあるとか、そういうことはない。団地の中の花壇の草むしりなんかにも奥さんが出てきたりして、そういう意味では普通のお付き合いができた方なんだと思いますよ

小玉喜久代容疑者を知る人:
旦那さん(が亡くなったの)は今年だろ?それで息子さんを殺したから、じゃあご主人が亡くなって気が動転しててやっちゃったのかね、かわいそうだねってみんな同情してたよ

引用元:FNNプライムオンライン

これまで仲睦まじく穏やかに暮らしてきた家族だからこそ、小玉喜久代にこれ以上の負担はかけられないと、殺された三男も妹も、姉を介護の苦労から解放してあげたいという思いやりもあっての嘱託殺人だった可能性がみえてきました。